8/26出演者紹介④てろてろ

2017年08月25日03:28  未分類 写真あり

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マーフィーの会です(^OO^)
今回も明日にせまる8/26の出演者紹介を致します!

本日は80年代日本アングラシーンの「まがいもの」感を現代解釈、進化させたバンド、
今回の企画のダークホースとしてきっと皆さまの度肝を抜いてくれるであろうバンド、
てろてろをご紹介します。
まずは何も考えず↓の動画をご覧になって下さい。一聴するだけで彼らの異質な世界観を
感じていただけると思います。

https://www.youtube.com/attribution_link?a=UL6mxQKjQ0Rr7xiO&u=/watch%3Fv%3DYgFL-YlHS94%26feature%3Dem-upload_owner


如何でしょうか。難解なリズム+サックス演奏によってどこかフリージャズのような趣向がありますが、
ギター、ドラム、キーボードからなる演奏は90年代~20年代のオルタナを通過した雰囲気もあり
一筋縄に行かないサウンドになっていると感じます。

そこにVo及川さんの町田町蔵、ばちかぶり等を彷彿させる嗚咽と、
観念的、しかし生活の苦悩が滲みでてくるような詩の朗読が乗ることで、全く新しい現代のパンクバンドに昇華されています。

続いてインタビューですが、ライブと同様に、Vo及川さんの活動に対する徹底した
思想を感じて頂けると思います。しっかり最後まで読んでみてください!↓

1、バンド紹介をお願い致します。

都内で活動している、てろてろというパンクバンドです。
http://www.terroterro.com

2、結成の経緯を教えて頂けますか?

2015年の2月にとある企画物のコピーバンドをやらしてもらう機会がありまして、ボーカルの及川が知り合いに声をかけて即席でバンドを組みました。やってみたら楽しかったので、遊びでオリジナルバンドをやってみようかと同年4月に現在のバンド名に変えてライブをしました。
それから1年程は何も活動はなかったのですが、2016年の4月に及川がてろてろ名義でギターの弾き語りを始めました。そのライブで出会った方からイベントのお誘いやレコーディングのお話を頂いて、バンドとしてのてろてろの方も本格的に活動を始めるようになりました。前述のソロ以降は、ドラムレス形態や、デュオでのライブもてろてろを名乗っています。

3、youtubeの動画を見ていると、町田町蔵やばちかぶり等の80年代のアングラシーンが出していたおどろおどろしい雰囲気、白痴的な殺気を、これ以上ないくらいに表現し切れていると感じ、大興奮しました。
実際はこの辺からの影響はあるのでしょうか?

あります。そもそも、企画物のコピーバンドがばちかぶりだったので。初期はアレンジを大幅に変えた「返答」のカバーなどもやっていました。

最初は、このバンドではそういった80年代アングラの表面的な荒々しさの模倣などを楽しくやれたら良いと思っていたのですが、そうはいってもバンドメンバー全員音楽の趣味はバラバラで、90年代オルタナが好きな人もいれば、トランスレコードが好きな人もいれば、ウッドストック位の頃のサイケとかカンタベリー系のプログレとかが好きな人もいれば、最近のバンドをよく聴く人もいます。一番その手のパンク・ニューウェーブ系に明るいボーカルも、最近聞くのはもっぱら歌のないインプロ、フリージャズとかになってきたので…音楽面はバンドメンバーの持っているものを活かして、精神的な部分であの頃のバンドが持っていたものを発展させられればいいなと考えています。

あげてもらった例ですと、ばちかぶりについては「まがいものである」という意識みたいな事を常に意識するスタイルを模倣していきたい。
町田町蔵でしたら、至福団や人民オリンピックショーで多用されている語り、ポエトリー。これは内容・手法共に「簡単な解釈の拒否」で成り立っていると思います。あまり韻も踏まれていないし、内容も一聴一読で理解できない。この伝達による上下関係、共感・依存・連帯への拒否感を模倣したい。

4、てろてろとして、どんな部分が他のバンドにない魅力であると感じますか?あるいはどんな部分に注目して観て欲しいですか?

ツインギター・サックス・キーボードの編成はあまりないので、面白いと思います。

詩は一つの見方に絞られず多様な解釈をして欲しいのですが、解釈をリスナーの自由に任せすぎると却って一つの強く分かりやすい解釈に落ち着いて多様性がなくなってしまう事もあるので、私小説ではないという事だけは意識して聴いてもらいたいです。詩は自分の体験や認識や解釈が作るものなので全く「私」性が無いわけではないのですが、個人的な怒りや苦しみを伝えることがテーマではありません。
一つ例を上げると、「サイコのこころ」という曲は良い評価を頂く時も悪い評価を頂く時も、私が私の事を伝えるリアルな私の歌、という見方で評価されることが多かったのですが、これはあくまで「断絶」をテーマにしたフィクションで、本当のサイコパスは誰なのか?何故人は断絶を繰り返し、しかしまた出会う事伝えようとすることを辞められないのか?という事を受け手各人に考える余地ある詩を目指して作ったものでした。

少し話がズレますが、韻を踏む歌詞というのは、言葉から言葉のイメージを飛翔させたり拡張させるように見せて、実際は印象を強めて限定化する力が強いものだと思います。アジテーションや、メッセージを伝えるための音楽には有効だと思うのですが、「伝えない事を伝える」ための音楽、自発的な発想、考える余地を残すための音楽には、散文的な作詩の方が強い。
かといってただめちゃくちゃな文章を書いてもイメージは分散するばかりで拡張しないので、母音から「見えない韻」(少し抽象的ですが)を踏んで言葉を繋ぐことで、イメージの異化、拡張、解釈の多様性、を作る詩を目標にしています。他人の書いた詩も歌っていますし、意識的に韻を踏んでいる部分もあるのですが、それら全て点在するイメージの繋がりは緩やかなもので、「考える余地」の創作を第一に、一つ一つの曲をライブの中で組み合わせています。

詩を書いても読んでも歌っても、「歌ってんじゃねぇよ」「伝えてんじゃねぇよ」「お前の事なんかどうでもいい」という思いは常にあり、それならば何もしない事が一番良いという事になりそうなのですが、固まった何かを伝えたり共感したりましてや誰か敵を踏みにじるためでなく、詩を一つのキッカケに、聴いてくれる方が自発的に何かを考え想像し反発する、何も無い中にだけ宿る明るい何か、安易な解釈・肯定・興奮の外に踏み出した各人の各人なりの底を突き破る自発的な熱を誘発出来る何か。それは不愉快さのあまり発信者を殴りつけたくなるような瞬間的な熱でもいいし、自分独りじっくりと胸の奥に留めて具体化させず保ち持ち帰る微量な熱でも良いのですが、とにかく形のないすぐには言葉に出来ない分からない熱としか言いようのないものを、言葉を使って残したい。具体的に言えば、メロディやリズムや韻による発信者側からの救済の否定。与えず、肯定せず、陶酔しない。否定から湧く活力、虚無を前提に立脚した意志、明晰な混沌、が目指すところです。それは一見暗いのですが、ととてもポジティブなイメージです。

ここまで、ボーカルの「わからなさ」に拘泥する意識についてくどくどと書き連ねたのですが、それに比してバンマスは難解なリズムや展開にも必ずカタルシスを得られる、伝えるための音楽を目標にしています。その為自然と、詩とバンドに分離感があるスタイルに落ち着きました。ボーカルとバンドのズレはやっていて楽しいのですが、どんなに逃げても「ハマってしまう」瞬間があるので、詩とバンドが戦いながらも一体化していく有機性を、見ている方にも感じてもらえたらと思います。

5、今後の活動の展望(イチオシのライブ、物販、豊富でもなんでも構いません)

とにかくバンドは続けていきたいです。とても楽しいので。
何もしない事をしないために何かをするバンドになったり、わかる事をわかったと言って安心するバンドにならないように、したいからしたくなる刺激を、常に自分達の中に作り続けていきたいですね。

そのためにもライブはし続けていきたいですし、作品も作っていきたいです。
10月にオースチンレコードから3曲入りのデモ音源が正式リリースされるので、興味を持たれた方は是非手にとって下さい。

ライブ予定は公式サイトにあげているのですが、9月17日(日)に早稲田zone-Bでいぬん堂企画「いぬ屋敷 流浪の間」に出演します。他にまだ詳細決定していませんが、10月後半に池袋の元小学校で行わられるイベントにも出演予定です。

並行して大幅なメンバーチェンジも行うので、ドラマーとベーシストの募集もしています。ご興味ある方はお声がけください。

9月にはネットラジオにも出演する事になりそうなので、追って公式HPでお知らせします。

他に漠然とした目標のようなものですが…ただやるだけでなく、広い場所に出られればと思います。
今の時代は何も考えずとも多数派で居られる人や、多様性など本当は大嫌いな強者に有利な、断絶と差別の美名としてのみ多様性という言葉が用いられており、本当は議論説得喧嘩をしなければ居場所のないような少数派が、小さな檻に入れられて、むしろ自分から入って、その檻の中でポジション争いをしているように見えます。少数者の方こそが、多様性の美名に甘んじて、どのように自分達の多様性を守るのかの思考を放棄していると言ってもいいかもしれません。
喧嘩をして議論をして、相手だけでなく自分の変化すらいとわないポジティブな寛容、多様性。悪しき価値相対の檻から解き放たれるために、今のインターネットに過度に依存しないバンド運営をしていきたいと思います。ライブや作品作りをちゃんとやって、生で接触した人達の心に残るような。共感のシステムとして非常に優れたインターネットでは、共感できないものは「あんたはあんた」で干渉されずに放って置かれる(もしくは関与せず思考せず仲間内で固まり徹底的に外側から潰す)だけなので、孤独の恐ろしさや共感の魅力に屈せず、しっかりと自立して見てくれる聴いてくれる、弱さの肯定や救いを極力廃した強い人に出会える強いバンドにしていけたらと思います。
外国こそが広い場所などとは全く思わないですが、場所を広げる起爆剤の一つとして、歌詞や公式サイトの英訳、海外でのライブやリリースなどもしてみたいです。

インターネットを過度に否定するのも空想的なので、何かバンドにとって程よい使い方が出来ないものかなとも考えています。
インターネットはとても嘘のつきやすいメディアですが、今は自分の本当のための嘘、実益のための嘘が多いので、どうせなら嘘のつきやすさを存分に活かした嘘のための嘘、創作のための創作のようなものができればいいと思います。こういう伝え方で、こういう層だけに伝わればいい、という効率的なインターネットではない、闇市みたいに胡散臭くて、妙に馴れ合いに厳しく、実益のない嘘(創作)にストイックだった頃のインターネットを復活できれば。具体的な案などは形になるかわからないですが、入れ子構造、プロレス、メディアミックス、みたいなものをできればいいなぁと。あくまで作品づくりとライブの片手間ですが。
バンドなんていう実のない嘘の世界をやってるんだから、嘘には誠実でいたいですね。嘘の中に本当を込めるための。

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これ以上の説明はいらないと思われます。あとはライブを観て頂ければ
必ず「これだよこれ」となる人がいる音楽です。

是非観に来て、聴いてみて下さい。
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